やはり私は琉球人 久田 友一(78歳)
琉球新報2016年11月5日 僕の主張私の意見 オピニオン 声
今年で78歳。すっかり忘れていた琉球人(ウチナーンチュ)根性。それでも私は琉球独立派の一人である。それほど感じず、気にもしなかった差別意識。脳裏に噴出したのは10月18日の東村高江で、身を切る思いで私たち琉球民族のために頑張っておられる方たちに向かって「土人」「シナ人」と叫んだ警察、機動隊員の蔑視発言だ。差別以外の何ものでもない。ヤマトの本音が出たと受け止めるべきである。
かって、東京でダンス教習所を見つけ踊ったことがあった。専属の女教師と付きっきりで1時間踊った。音楽が変わる度にリードして楽しい時間が過ごせた。「すごい、あなたはどちらの出身ですか」と聞かれ、「沖縄から来ました」と答えた。すると、「それってどこですか。教習所もあるんですか。明日もきますか」には驚いた。それ以後、ウチナー、ヤマト──のわだかまりは胸の内だった。
ところが、どうだろう。防衛相の「辺野古唯一」は変わらない。松井一郎大阪府知事の差別発言警察官への「ご苦労さん」はないだろう。高江の100年の美(ちゅら)山に「マギカンパチ(大きなハゲ)」アビヨーイ、チャースガ(ああ、どうする)。
もはや琉球は独立するしかない。10年かかろうが、琉球民族(県民)が、カンセーナラン(これはいかん)と立ち上がるのを待つ一人だ。
(うるま市)
|