討議資料
沖縄タイムス2016年1月31日 論壇
基地撤去は琉球独立で可能
アジアと共生 平和発信地へ 赤嶺 治彦
沖縄の今置かれた状況は、歴史的にも大きな節目を迎えていると言えます。差別的扱いを今後も受け入れ続けるか。あるいは拒否するかの岐路にたたされている。
- 犠牲を強いてきたヤマトに対して、1995年の米兵暴行事件をきっかけに、沖縄中が激しく怒りで燃えた。以後、日米政府に対する反基地感情は衰えることなく今日まで続いている。翁長雄志知事を誕生させた各種選挙で、明確に民意を示しても全く無視した強権的な現政権は、世界に向かって平和や民主主義を公言する資格はない。民主主義の破壊者であって、その言動はすぐれて詐欺師的だ。
しかしながら、ヤマトの沖縄政策は安倍政権のみの一過性のものでは決してないことをわれわれは肝に銘じておくべきである。天皇メッセージが目指した通り、歴代政権も本土にあった米軍基地をこの小さな島に集中させてきた。また、それを支持したのがほかならぬ本土国民だったことも事実として忘れてはならない。
この危険で忌まわしい基地は依然強大に占有を続けている。一度紛争が起これば間違いなく真っ先にミサイルの標的になる。子や孫の時代になっても、今のままでいいはずはない。この地に生を受けた者なら主義主張が違っても将来の危機を回避すべく知恵を尽くし行動すべきでしょう。憲法でも制御できない現安保法制の下では、基地の縮小や他県への移設は不可能に近い。高橋哲哉氏の「基地引き取り論」は正論で敬服していますが。
しかしいくら強大な基地でも除去する方法が一つだけはある。日本から離脱することです。独立することです。日米安保を離脱すれば存在基盤がなくなり基地は自主的に撤退しなければならなくなる。県民の総意と強力な意志と覚悟があればいつの日か行使できる。
元コザ市長の大山朝常氏は、その著書の中で「ヤマトは帰るべき祖国ではなかった」と述懐された。1903(明治36)年には、大阪博覧会での琉球人陳列人類館事件や天皇メッセージ、また4月28日屈辱の日を主権回復を祝う式典にしたりと。ヤマトとは埋められないほどの深い溝を感じます。
次の世代のために自立に向けて計画的、主体的に進む道を模索していかなければなりません。アジアとの共生を目指し、地理的優位を生かした物流の拠点として、平和の発信地として十分にやっていけるものと考えます。ウチナーンチュは独立心に富み、能力もあると確信しています。(豊見城市、74歳)
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