沖縄の実態、発信する機会 オリバー・ストーン氏、来沖に期待 比嘉康文
日本に訴えて、何一つ解決したことがあるのか—。そう指摘したのは初代博物館長で、歴史家の山里永吉氏である。欠陥機オスプレイの強行配備を目の当たりに見ると、山里氏の言葉を思い出させる。保革を問わず、日本政府に訴えてきたが、何ら効果がないことでも明らかだ。
そんな折、オリバー・ストーン氏が来沖され、もっとも危険な普天間飛行場近くの沖縄コンベンションで講演会が開かれる、アメリカの対外政策を容赦なく批判している映画監督の来沖だけに、日米両政府は“平和な沖縄”を演出するため、その間はオスプレイも飛ばさないだろう。
アメリカが南ベトナム政府からの要請を受けた形で集団的自衛権を行使したベトナム戦争。ストーン氏は陸軍兵士として従軍し、戦場の醜さ、非人道的なことなどを体験し、映画『プラトーン』を作った。
当時、ベトナムの人たちはB52爆撃機の発信基地となっていた沖縄を「悪魔の島」と呼んでいた。今も何ら変わらず、沖縄は「悪魔の島」のままだ。その米軍基地に苦しんでいる沖縄の現状をストーン氏に見聞してもらう機会を作ってくれた本紙に感謝している。それはアメリカが動かなければ、日本政府は絶対に動かないからだ。
ストーン氏は、先の『プラトーン』や『7月4日に生まれて』でアカデミー監督賞を二度受賞し、ケネディー大統領暗殺を扱った『JFK』などのドキュメンタリー映画を通して現代史を問い続けている。
本紙4日のストーン氏とのインタビュー記事ではアメリカの二重基準を指摘し、「こうした矛盾の放置は耐え難い」として、アメリカの対外政策を批判している。そして「自己決定権獲得への運動が重要だ」と主張した。
自己決定権獲得の動きは「琉球民族独立総合研究学会」の発足、琉球独立党の活動などに現れている。7月6日の『ニューヨーク・タイムス』紙には琉球独立党の屋良朝助氏の街頭演説の写真入り記事が掲載された。もし、屋良氏が那覇市議選挙に当選すれば、その背景として日米両政府の沖縄差別の事態が全世界に報道されていただろう。
とにかく、沖縄問題はアメリカや世界に訴えることが最善である。それは琉球立法院の「二・一議決」など、沖縄の戦後史を見れば歴然とすることだ。これまで繰り返してきた「陳情政治」に閉塞感を感じている県民にとって、その映画や発言を通して米国をはじめ各国に訴える力を持つオリバー・ストーン氏の来沖には期待が膨らむ。それは小生だけではなかろう。