サンデー毎日 2010年6月20日号(6月8日発売)
イライラするぜよ!! 新首相「永田町お遍路」総力特集
菅直人新首相のあだ名は“イラ菅”。年金未納問題で党代表を辞任後、お遍路姿で四国八十八ケ所巡りをするも短気は改まらず、火中のクリを拾った。待ったなしの難問山積の日本。菅さんじゃなくてもイライラする。なんとかしてくれないとカンカンに怒るかも。
金城実(71)彫刻家
アジア民衆を巻き込んで全面闘争だ
父は私が生まれて間もなく19歳で志願兵となり、24歳で戦死しました。大人になって父のことを知るうちに、日本がどんな国であるのか見えてきたのです。
私の故郷は沖縄・浜比嘉島。優等生だった父は、島の子供らに教育勅語、軍人直喩をはじめ標準語を教えていました。その父が島をたつ前、母に「実を立派な日本人として教育してくれ」と言い残したそうです。母は、防空壕に入る時も広辞林と戦前の教科書を持って逃げたほどです。
小学校に上がりその教科書を読ませられるのですが、内容がさっぱりわからない。「サクラガサイタ」とあっても、そもそもサクラを見たことがない。すると母は机代わりのリンゴ箱をムチで叩いて怒るのです。恐ろしさのあまり、吃音症になるほどでした。沖縄の人間が「日本人になる」とは、そういうことでした。
父には「立派な日本人になる」という理想があった。その理想は、当時も今も幻想にすぎません。いくら「立派な日本人に」と望んだところで、今回の普天間問題でも沖縄は裏切られました。辺野古への移設合意は、さしずめ中央政府から沖縄に対する、「お前ら、立派な日本人なら引き受けろ」ということではないでしょうか。基地問題には、一方的に負担を押し付けられる政治的差別のほか、人権的な差別の側面があることを忘れてはなりません。
ところが、そうした中央の考えに併合する人々もまた、沖縄にはいるのです。基地が沖縄に集中しているのは外交・安全保障政策であり、差別ではない、と。政治家だけでなく、内部にもそうした敵がいる。
1903年、大阪の内国勧業博覧会で事件が起きました。朝鮮、アイヌ、台湾先住民らとともに沖縄の女性2人が見せ物として“展示”されたのです。この時、沖縄のインテリ層から「同列視されるのは我慢できない」という論点からの批判がありました。「ヤマト民族」に近づくためには、他の民族を踏み台にしても構わないという排他的な考えです。こうした意識が現在まで続いた結果、差別に対する県民の感覚を鈍くしているように思います。
「鳩山辞任で沖縄は沈静化する」との見方も中央にはあるようですが、とんでもない。対等な日米関係を望むなら、安保条約より友好平和条約でしょう。日米地位協定という不平等もある。沖縄から声を上げるだけでは解決しません。アジアの平和のため、アジアの民衆を巻き込んで共闘することが必要です。菅政権は日米合意を継承するようですが、私はあきらめていません。むしろ、これからの展開に期待しています。
他に次の方々も掲載されています。
竹村正義、マツコ・デラックス、中村彰彦、中島岳志、天野祐吉、紀平悌子、細川珠生(敬称略)