日刊ゲンダイ 2010年6月23日 二極化・格差社会の真相
ワーキングプアを生み出す消費税の恐ろしさ
案の定というか、菅直人新政権は消費税率を10%に引き上げることに言及し、一気に支持率を落とした。当然だ。
なぜなら、これほど世の中を悪くする税制も珍しい。反対意見の大方は消費者としての反応だろうが、消費税の悪魔性とはそれだけにとどまるものではない本質を、この際、満天下に知らしめたいと思うものである。
納税義務者としての事業者が、消費税を納めるのに自腹を切らされている実態は本欄でも何度か指摘した。今回は、消費税がワーキングプアを増やすのにも一役買ってきた事実を示そう。
事業者は売上高に消費税率5%を乗じた金額を丸ごと召し上げられるわけではない。仕入れのために支払った消費税分を差し引いた金額を納めている。「仕入れ税額控除」という仕組みだ。
いわゆる必要経費の多くが仕入れ税額控除の対象としての「課税仕入れ」に該当するが、該当しないと定められている経費も少なくない。正社員に支払う「給与」が、まさにその右代表だった。
ということは、「給与」の見返りでない労働力を得る形を、たとえば派遣会社に外注するなどして整えれば、仕入れ税額控除を受けることができる。合法的に節税できてしまうのである。
この仕組みを悪用するためにダミー会社を設立した風俗業者などがしばしば摘発される。だが何のことはない。天下に冠たる大企業の人事戦略なるものも、近頃はあまり変わらないのが現実だ。
非正規雇用が増えた最大の理由は、もちろん人件費の削減そのものにある。消費税は主たる要因ではないが、正社員から派遣への切り替えを強く促し、これを加速させたことだけは間違いない。
5%でもこうなの。ましてや2ケタ税率ともなれば、人事部門の節税に向けるモチベーションはいっそう高められていくのが必定ではないか。
広く薄くシンプルで公平な税制などとは真っ赤な嘘。消費税ほど複雑怪奇、かつ不公平な税制は、ちょっと例がない。徴税当局とマスコミが一体となった情報操作のたまもので、一般には何も知らされていないだけの話である。
菅政権が消費旗を降ろさない限り、本欄は消費税のカラクリを暴いていこう。次回は訳知り顔の“識者”がしばしば発したがる「消費税がそれほど問題の多い税制なら、付加価値税(消費税)を中心とするヨーロッパ諸国はどうしてうまくやっているのか。問題などないからだ」という論法を粉砕する予定だ。
日刊ゲンダイ 2010年7月7日 二極化・格差社会の真相
戦争のために始まった消費税の悪魔のような本質
まもなく参議院選挙だ。消費税増税は2大政党の両方が推進の立場なので争点になりにくい。マスコミも欧州諸国と比較しては、彼ら並みの高税率を世界標準と錯覚させる世論誘導に躍起である。
つくづくくだらない。日本と欧州とでは税制の歴史がまるで違うのに。
欧州の付加価値税は第一次世界大戦にさかのぼる。戦費の調達が目的だったが、戦後も復興のためにと拡充される繰り返し。欧州市場統合には共通の税制が必要な事情もあった。
零細な自営業者が価格に転嫁できずに自腹を切らされ、廃業に追い込まれる理不尽など、戦争の前には当然のように無視された。日本のサラリーマン税制だって、源泉徴収は日中戦争、年末調整は戦後の徴税要員不足を背景に始められたのだ。
所得税の計算の一切を勤務先に委ねて自らの確定申告を放棄させられるシステムは、納税者の権利を著しく損なう。長いものに巻かれろが美徳とされる封建的な社会の元凶ともいえる税制で、かなりの批判が重ねられた時期もあったが、いつの間にか定着してしまった。
欧州のニセ民主主義も似たようなものだ。彼らの社会は、2度の世界対戦をテコにした付加価値税の歴史、1世紀の上に構築されてきた。付加価値税が追い詰めた人々はとっくの昔に淘汰されているので、はた目にはなんだかうまくいっているように見えるというだけの話ではないか。
デフレスパイラルの下で過当競争に明け暮れる現代の日本が、欧州に倣えばどうなるか。廃業した自営業者やその従業員らが労働市場になだれ込み、失業率は倍増する。先進国最悪の自殺率が憂慮されている現状さえも、「当時はまだしも平和だった」と懐かしがられるようになるかもしれない。
食料品や生活必需品に低税率か非課税を適用する欧州式の複数税率も、もっともらしく語られるほど立派な制度ではない。納税義務者の事務処理量は確実に膨張し、これだけでも潰れる自営業者が続出する。あらゆる業界が税率をめぐる工作の泥沼に陥って、政官財界の腐敗はとめどなく広がる。
短いコラムでは意を尽くすことができない。消費税増税に対する態度を決めかねている読者には、とりあえず反対派の共産党か社民党、国民新党への投票をお勧めしておく。
選挙が終わって1週間もしたら、渾身の拙著「消費税のカラクリ」が新書で刊行される。社会的弱者に残されたわずかな富すらも富裕層に移転させていく、悪魔のような税制の本質を暴いてみせるから。
日刊ゲンダイ 2010年7月21日 二極化・格差社会の真相
この国はやがて民、自の翼賛体制になり、中小、零細業者が潰される
参議院選挙が終わって、菅直人政権は消費税増税発言の火消しに躍起だ。同調して増税機運を盛り上げかけていたマスコミ各社も政権のサポートにおさおさ怠りない。ご苦労なことである。
もっとも、有権者の意思は不透明だ。管発言が本当に嫌われたのなら自民党も共倒れでなければおかしいし、はっきり反対していた共産、社民、国民新の各党が伸び悩んだ結果をどう説明する?
消費税増税は決して全否定されていない。この国の社会は時間の問題で、民主・自民の翼賛体制とマスコミが一体化した増税キャンペーンに覆い尽くされることになるのではないか。私たちは、とりわけ中小零細の自営業者とその家族、従業員は、今から徹底抗戦の準備をしておく必要がある。
一般的な理解によれば、消費税率が引き上げられれば、その分だけ物価も上昇するはずだ。にもかかわらず増税論に寛容な日本国民は、では己のフトコロよりも財政の将来を優先してやまない“愛国者”揃いなのだろうか。
ノーである。消費税率が5%や10%引き上げられたところで、自分の生活にはさほど影響しないと計算しているからだ。
弱肉強食の競争社会で、スーパーなどの大手小売業が、増税分をそうそう価格に転嫁してくるわけがない、と。実際、値上げすれば消費者に見捨てられるのだから、この見立て自体は正しい。
ただ、有権者の多くは、その舞台裏を見ていないか、あえて見ぬふりをしている。大手が値上げを我慢し、消費者の利益を喧伝する中、問屋や下請けメーカーはすさまじい値引きを強いられるに違いない。大手のようには負担を他に押し付ける術もなく、もはや消費税の納税に切らされる自腹に限界が来る周辺の小売業は軒並み廃業に追い込まれていく。
有権者の圧倒的多数派は企業などに勤める被雇用者だ。零細の自営業がどうなろうと、オレには関係ねえと考えているのではないか。だとしたらどうかしている。
総務省の労働量調査によれば、全国の自営業主と家族従業者は男女の合計で796万人(2009年平均)。そこにも従業員たちがいる。彼らは消費税増税で潰されれば、労働市場にあふれるしかない。失業率が軽く2ケタを超えるのは必定だ。
ここ1カ月ほど、消費税のことばかり書いてきた。論点はまだまだ尽きない。見かけのシンプルさとは裏腹に、消費税とは底の知れない悪魔のような税制である現実を、どうか、どうか知ってほしい。
斎藤貴男(隔週火曜掲載)
さいとう・たかお
1958年生まれ。早大卒。イギリス・バーミンガム大学で修士号(国際学MA)取得。
日本工業新聞、プレジデント、週刊文春の記者などを経てフリーに。
「機会不平等」「『非国民』のすすめ」「安心のファシズム」など著書多数。
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